背の高い外国人が日本に来て、低い鴨居の下を毎日背中を丸めてくぐっていたら、いつの間にか猫背が癖になってしまった、そんな話があります。
家は人の習慣や家族関係を変えてしまう程の大きな影響力を持っています。例えば、夫婦関係は寝室のプランに大きな影響を受けていますし、夕食の品数はキッチンのプランに、親子関係は子ども部屋の位置や作り方に、そしてこの先の健康と安全も家の作りに大いに関係しています。
最近、タンスの角によく小指をぶつけるようになったと言う人がいました。小指は身体感覚のズレがあり、身体の中でもぶつけやすい個所と言われていますが、その家をよく見てみると、その間取りに原因がありました。
その家では、ベッドから降りてトイレに到着するまでの途中にタンスが置いてありました。年を取るとトイレに行く回数が増えます。夜中に起きて暗い中そろそろと歩いて行ったり、朝起き抜けの寝ぼけた状態でふらふらと移動したり。
明るい時にはなんともなかったものが、夜間や早朝には足の小指はもちろんのこと、やもすれば身体をぶつけてしまう可能性もある危険な道のりになっていたのです。そこでタンスの置き場所を少しずらし、トイレまでの移動経路に掛からないようにしたところ、それ以来小指をぶつけることがなくなりました。
ベッドからトイレまでの道筋の途中に段差や階段、タンスなどのでっぱりがあるのはケガのもとです。他にもよく見かけるのが、キッチンのシンクからテーブルまでの距離が遠く、途中に腰をぶつけやすいカウンターがある家です。配膳の際には熱い汁ものを持って移動することもあるので、年をとったらできるだけ近いほうが安全に便利に暮らせます。
同じように洗濯機から物干し場までは、たくさんの濡れた洗濯物を抱えて歩くので足元が見えにくく、高齢者には危険な道のりになります。
困るのは段差や階段だけではありません。以前、私が足のけがで、1年ほど車いすで生活していた時に苦労したのが、奥が行き止まりになっている対面キッチンでの作業でした。
キッチンに車いすで入っていくと、Uターンできないのでバックで戻る必要があります。しかしキッチンの上には包丁や火に掛かった熱い油があり、そんな中で慣れない車いすをバックさせるのはとても怖いことでした。
もし奥が行き止まりでなく、洗面所や廊下につながっていれば、向こう側にすっと抜けることができたでしょう。キッチンの周りを行き止まりなく、ぐるぐる回ることができたら、もう怖い思いをしてバックする必要もありません。
家の作りのちょっとした差で、小指をぶつけやすかったり、これからもずっと安心に暮らせたり。家のカタチが人の暮らしに与える影響は想像以上に大きなものなのです。